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環境対策01(自然エネルギー発電)
- 2008/11/16(Sun) -

エコ住宅で、多く採用されている太陽光発電。
電卓や時計、街灯など局所利用であれば有効な技術ですが、供給電力の代替としては無理があるようです。使い方によっては、結構エコどころか環境破壊に繋がる可能性もあります。

エコ住宅建築で、本当に有効な環境対策は何か、考えて行きます。

 
自然エネルギー発電固有の問題


自然エネルギーの工業的利用の始まりは、『有限の地下資源によるエネルギー供給は、資源の枯渇によって終了する』という限界を超えるために、主に太陽光によって定常的に供給されるエネルギーを利用しようという発想によるものと思われる。

日本における長期エネルギー戦略は、まず原子力発電を実用化し、次に高速増殖炉を導入することで核燃料サイクルを確立し、更に核融合を経て、最終的には太陽光エネルギーの利用という段階を目指すことになっていた。

この戦略には当初から基本的に大きな誤りがあった。

石 油をほとんど産出しない日本において、脱石油を目指したエネルギー戦略であったが、既に述べたとおり、原子力発電やその他の石油代替エネルギー供給システ ムは、石油によって支えられた工業生産が必須であり、単独では自己再生産が出来ないどころか、石油の節約になる可能性すらほとんどないのである。


太陽光エネルギーの利用に対する、最初の大きな国家プロジェクトは、旧サンシャイン計画の下に行われた香川県仁尾町で行われた太陽熱発電のフィールドテストであろう。

この計画は、惨憺たる結果を残して終了した。

太陽光を利用するということで、日照時間が長い場所として瀬戸内の仁尾町が選ばれたわけであるが、それが思わぬ結果をもたらした。

屋外に太陽光を受けるための広大な平面を作れば、表面に微細な塵が積もるのは至極当然のことである。

塵によって集光面の反射率が低下して、思ったような出力が得られなかった。

しかも、仁尾町は雨が少なく、集光面に一旦積もった塵は、洗い流されることが無かった。

このフィールドテストで、自然エネルギーを利用する場合の重要な教訓を得たと考えられる。

自然エネルギーを利用するためには、施設を直接屋外に曝すことになる。

苛酷な自然環境に曝される施設は、実験室的な発電効率など、あまり意味が無い。

実験室的な効率を維持するためには、膨大な保守・点検作業が必要であり、更に天候は全く制御できないため、基本的に出力調整は不可能なのである。

国家はこれらの教訓から何も学ばず、基本的な検討を行わぬまま、今またニュー・サンシャイン計画という無駄な事業を開始した。

以下、自然エネルギーの工業的利用に関する問題点を整理しておく。

a. 低いエネルギー密度

自然エネルギーを利用しようという発想の一つは、自然エネルギーがどこでも普遍的に存在するから、場所を選ばないという点である。

しかし、有機体生命が存在可能な環境中に普遍的に存在するエネルギーは、必然的にエネルギー密度が低い。

これは、エネルギーを利用するという視点から考えれば、エネルギーを捕捉するための施設が従来のエネルギー供給システムに比較して、相対的に大規模にならざるを得ないことを示している。

つまり、自然エネルギー発電システムは、例外なく鉱物資源浪費的な発電システムになる。

発電施設は工業製品であるから、鉱物資源と同時に大量のエネルギー、つまり石油消費を伴うことになる。

自然エネルギーの使用なのだから、石油消費が無くなる、ないし無条件に石油消費が削減できると考えるのは短絡的な幻想である。

b. 時空的な不安定性

自然エネルギーは普遍的に存在するが、そのエネルギー密度を定点観測すれば絶えず大きな変動を示す。

また、地形や地域的な気象の特性によって場所によってもそのエネルギー密度は変化する。

例えば、太陽光発電であれば、晴天であっても夜間の発電は出来ない(地球の自転による日変化)。

日中であっても、太陽高度によってエネルギー密度は常に変化する(地球の自転による日変化)。

気象条件の変化によて更に短周期の変動が起こる。

また、季節による太陽高度の変化も大きな変動を示す(地球の公転運動による季節変動)。

また、緯度によって太陽高度は変化する。

工業的なエネルギー供給、特に電気エネルギーでは、基本的に発電と同時に電力が消費されるため、電力需要に対する電力供給の即応性が求められる。

こうした電力需要側の要請に応えるためには、電力の安定供給と同時に、完全に制御された出力調整が行われなければならない。

自然エネルギー発電の予測不能な出力変動は、致命的な欠陥となる。

あえてこうした不安定な発電システムを既存の電力供給システムに組み込もうとすれば、既存の発電システムに不断の出力調整を強いることになり、既存の発電システムに過大な負担をかけるだけでなく、既存の発電システムにおけるエネルギー利用効率の低下をも招来する。

既存の発電システムの運用だけで自然エネルギー発電に対する出力調整がカバーできなくなれば、供給電力の電圧低下・周波数変動などの供給電力の品質低下を招くことになる。

電子機器が社会生活のいたるところに入り込み、生産現場における電子制御が普通となった現在社会において、これは致命的な問題である。

自 然エネルギー発電の出力変動は大きく、例えば、太陽光発電に対する夜間電力のバックアップや、昼間でも雨天であれば発電は行えないため、そのバックアップ を考えれば、既存の発電システムに要求される発電能力は、自然エネルギー発電の導入によって削減することは困難である。

逆に自然エネルギー発電のバックアップのためにだけに、遊休発電施設が増えることは、既存発電システムの著しいエネルギー効率の低下になる。

既存の発電システムに負担をかけないように自然エネルギー発電を導入しようとすれば、付帯施設として巨大で複雑な蓄電システムが必要になる。

蓄電装置に要求される機能はさまざまである。

自然エネルギーの秒単位の変動もあれば、太陽光発電のような1日を周期とする変動、更に季節変動という緩やかではあるが巨大な容量を必要とする変動、更に異常気象による数年にも及ぶ長周期の変動もある。

これに対応できるような、巨大で複雑な蓄電システムを構築することになれば(技術的に不可能であろうが・・・)、ただでさえ低効率な自然エネルギー発電システムのエネルギー産出比が石油火力発電を上回ることは有り得ない。

大規模な自然エネルギー発電システムの導入は、社会全体のエネルギー効率を著しく悪化させるものであり、行ってはならない。

では、小規模な自然エネルギー発電施設を、『既存の電力供給システムに影響の無い範囲で部分的に導入する』ことに意味はあるのだろうか?

そ もそも石油代替エネルギーの目的は、言葉の通り解釈すれば、石油によって行われているエネルギー供給を、石油なしに実現すること、あるいは最近では、二酸 化炭素地球温暖化脅威説の下で、エネルギー供給分野からの二酸化炭素排出量を劇的に減らすことであるから、もし行うとすれば、エネルギー供給システム全体 を構造的かつ大規模に変革しなければ無意味である。

既存の電力供給システムを温存して、それに影響しない範囲でほんの僅かに導入するのでは、これは論理矛盾であり、自己満足にすぎない。

既存の電力供給システムを温存しての)自然エネルギー発電システムは、規模の大小を問わず、無意味である。
(2004/05/28)


http://sun.ap.teacup.com/souun/1523.html




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