NPO法人 メダカのがっこう 中村陽子さん 紹介のパート6です。

生物多様性国家戦略会議に関する意見書
水田が保全する生物多様性の意義
NPO法人 メダカのがっこう 理事長 中村陽子
意見:
田んぼはビオトープの最高傑作 水田という人工の浅い湿地は、数千年の昔から水辺の生き物たちに生きる環境を提供してきました。ビオトープというのは生命を育む場所という意味のドイツ語です。水田という水平に整備された水面は自然界には存在しません。水田は、食料生産の場であると共に、人間が生命多様性を実現した場所なのです。人間が作った水田とそのまわりの用水などの環境に適応した日本在来の生き物たちが、この環境を産卵、羽化、採餌、成長の場として、様々なかたちで利用し、種の保存、系統の維持を可能にしてきました。緑の原生生物からはじまり、藻類、タニシ、ドジョウ、メダカ、カエル、ホタル、トンボ、そして鳥類までつながる水田の生態系は、人間の手の入った自然であり、日本の原風景でもありました。アジアモンスーン地帯の一部である日本の気候には水田という存在が適応し、水田は食料生産のみならず、保水し景観を守り、日本の財産である多種多様の在来生物たちを守ってきました。人間も含めた生物多様性がバランスをとって存在していました。その鍵は、水の力です。水田の水が、多くのいのちを育む力を100%引き出す場として大変優れていたからこそ、生命の多様性が保たれてきたといえます。
水の力を最大限に引き出す水田
陸地における水辺の果たす役割にはとても大きなものがあります。水には生命を育む力があります。地球で最初に光合成を発明したのは藻類でした。地球の酸素を作ったのは海の藻類です。森の大切さはよく知られていますが、藻類の高い酸素供給能力は余り知られていません。水田の藻類も、たくさんの酸素供給をしています。また、水田の水は、酸素、澱粉(エネルギー)、生物相が分解されることによりできる堆肥などを生産しています。ところが現在、水田や干潟などの陸地の水辺がどんどん減っていることは大きな問題です。もっと陸地の水面の果たす役割を知り、水辺を大切に守り、水の力を引き出す方法を研究しなければなりません。
水田の中の生物多様性は、水田農業の農法とも大きな関連があります。稲作の歴史の中で、何度も深く耕すということが行われるようになったのは、農業に牛や特に馬が多く使われるようになってからのことです。歴史の上では、明治時代頃から馬を使うことが多くなったようです。それらの家畜を盛んに使うようになる以前は、余り耕さない稲作農業がごく普通に行われていたようです。
自然耕という不耕起栽培稲作は、日本不耕起栽培普及会会長の岩澤信夫氏が1985年から提唱している農法です。人間が耕さず、稲自身が自分の根で耕します。また、機械化に適合させた稚苗密植をおこなわず、昔の水苗代方式で成苗を作り粗植するため、イネが病気や害虫に強くなり農薬頼みの農法にならなくなります。さらに耕さないということがイネの野性の力だけでなく、水の生命を育む力も引き出しています。
慣行農法では、古株やワラを土の中にすき込み、土中での急速な分解によるメタンガスの発生が水田生物の生態系や地球温暖化に影響を与えますが、自然耕ではワラは水中でゆっくり分解し、このワラをもとにたくさんの藻類がわき、水田の微小生物、小動物の住みかとなり繁殖の場となります。サヤミドロという藻類は不耕起栽培を初めて数年もすると毎年厚さ数センチの状態でイネ株の間を埋め尽くすようになります。その量は何トンにもなります。この藻類が不耕起栽培田の莫大な生命量を支える酸素の供給源となっています。水田の溶存酸素量は、水田の生き物たちの生命量を決め、豊かな生物相の指標になるものです。仙台市科学館学芸員の岩渕成紀氏がこの事について大変興味深いデータを出されました(図2、図3)。不耕起栽培田では藻類から始まる生命連鎖が種の多様性だけでなく生命量まで含めて、多くの生き物の命を育んでいました。
岩渕氏のデータが出されるまで、農家は経験的に、この農法を実施した水田が他の農法で行った水田とはトンボやホタル、タニシ、メダカなどの小さな生き物たちやカエル、ドジョウなどが急激に増え、サギ、ツバメが稲刈りの際にはコンバインの後を追う様に集まり乱舞することに気づいていましたが、その理由はわからずにいました。農法は、食料生産、収益事業の場としての水田では、農家の得る収量と労働力、生産コストに大きな影響を与えますが、不耕起栽培には専用の田植え機もあり近代化大型農業も可能で、耕耘の必要がなく、農薬散布も押さえられる分、労働力とコストの削減になり、収量も落ちません。莫大な量の藻類は、翌年には自然に堆肥化します。水の力を引き出す水田の生物多様性と人間の共存を考えていく上で、生産性を犠牲にしない手段を選ぶということも生物多様性国家戦略を考えていく上で、大切なことです。
湛水水田の普及のすすめ
農法によって、水田の水の力を活かすこともできますが、さらに水田を休ませる冬季に水田に水を張ることよって、多様な生き物たちの冬場の生活を提供することが近年各地で試みられています。
1994年より岩澤信夫氏は宮城県田尻町に不耕起栽培の指導に入った。1993年の大冷害を経て米の自由化が行われた年でした。その後、田尻町では1996年、4年後に県の遊水地計画が完成する予定で、蕪栗沼周辺の国有農地を削堀する計画が出されていました。日本雁を保護する会会長の呉地正行氏がこれに対し反対運動を起こし、前町長の峯浦耘蔵氏、地元のNPO法人蕪栗ぬまっこくらぶの理事松ヶ根典雄氏が中心となり地域住民による蕪栗沼と周辺水田の生物調査が行われました。調査により貴重な鳥類、魚類、植物がせいそくしていることがわかりました。1997年、蕪栗沼周辺の国有地からの耕作者撤退、周辺の水田は水を張り、湿地に戻すことになりました。当初の県の計画では、削堀による土砂の流入で地域の動植物が大きな被害を受けることは避けられませんでしたが、地元の人々の努力の結果、人間の手を加えない、人が建造物を作らない自然環境を残す取り組みが行われました。1998年からは、地元の不耕起栽培農家の協力を得て、冬場の水田に水を張る冬季湛水水田が行われ、渡来する渡り鳥に生活の場を与える結果となりました。耕さない水田では、雁などの鳥類が餌とする落穂やまだ生きている古株からでる彦ばえや2番穂、雑草類が土に鋤きこまれることがなく、日中は雁やコハクチョウなどが不耕起栽培田で採餌、休息、背眠し生活するようになりました。蕪栗沼から8キロ離れた伊豆沼に集中していた雁は、その一部がねぐらを蕪栗沼に移動し、単一生物の密集が回避されました。
この例に習い、各地の不耕起栽培実践農家が冬季湛水を実施、白鳥などの飛来が確認されています。佐渡島では、トキの野性化を支援するために数軒の農家が不耕起栽培に取り組み始めましたが、トキの餌となるドジョウなどの生き物を人為的な放流でなく自然に増やし、トキの餌場、水浴びの場を提供しようというものです。耕作した慣行栽培田では、湛水により田土がぬかるみ、田植えに大型機をのり入れることが困難になりますが、不耕起栽培田ではイネの根が土中に張りめぐらされているために、このような問題は少なくなります。
また冬季に限らず、不耕起栽培田では間断湛水しないため、水の節約はもちろん、化学肥料や農薬により汚染・富栄養化した水を河川に多量に放出せず、代かき後の酸素量の低い泥水を流すことがない上、放水の際は藻類により酸素を多量に含んだきれいな水が放出されるため、周辺の水辺の生き物にとっても多様性維持を支えるものとなります。
水田の生物多様性を維持するために
現在のような水田の工業化(機械化)と乾田化、用水のパイプライン化、暗渠排水、三面コンクリートで直立の側面を有する傾斜の急な用水路などは、戦後の農業近代化において作られてきました。日本の長い稲作の歴史の中でも、このような激的な環境の変化はありませんでした。除草剤や殺虫剤、化学肥料の施用なども、散布直後に水田環境への急激で大きな影響をあたえます。長年にわたる使用によっても環境が変化していきます。魚毒性の低さ、動物や鳥類などへの蓄積だけが問題ではありません。生態系のいちばん広く厚い底辺となる原生動物や植物性プランクトン、藻類、小さな甲殻類の命を危機にさらし、生態系の上部があっという間に崩れてしまうのです。水田環境を整えるために、日本人が選択する稲作農法を環境保全型からさらにすすめて、生物指標中心に切り替えていく必要があり、生産者のみならず消費者が日本の水田環境、生物多様性を守っているということを広く認知するための取り組みが必要です。
水田を基点とした生物多様性の維持には、農法の検討と共に、水田を取り巻く用水路などの水田生態系保全に配慮した周辺環境の生物多様性対応化が必須です。これには、三面コンクリート張り、U字溝の撤去やコンクリート壁面の凹凸化、カエルなどが水路に落ちて流されないための蓋の取りつけ、用水路脱出口の取りつけ、多段式魚道の取りつけなど既存の設備に手を加えて周辺生態系に配慮すると共に、新たに工事を進める際には、生物に配慮した多自然型用水路の施工を義務付け、河川や湖沼、森林からから水田までが一体となる農地整備、基盤整備計画の施工を義務付け、鳥類の飛び立ちに必要な距離の敷地確保、止まり木の配置などが配慮されるよう国家戦略に組みこんでいただきたいと思います。
http://www.asahi-net.or.jp/~zb4h-kskr/biodiversity/nakamura.html
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